日本人というのは非常にスジを通した行動・思考様式を取る。
相場が動くまで大きなネタがないということもあり、下記炎上案件について少し文化的側面から論じたいと思う。
きゃりーぱみゅぱみゅ ツイート削除の理由は「ファン同士の激論が悲しくなった」
個人的にはこの話について日本人の「スジを通す」という文化が色濃く出た炎上案件だったなと感じた。
なぜそう思ったのか論じたい。
まず自分は日本人がスジを通す文化が根強いという話は下記書籍を読んでそのことを学んだ。
スッキリ中国論 スジの日本、量の中国
まず芸能人が政治的発言をするということについて考えてみよう。
芸能人というのは何かしらの突出したパフォーマンス能力によって人気を得て、一般大衆から人気を獲得するという職業である。
例えばその芸能人自体が政治パフォーマンスによって人気を得てきた人ならば政治的主張をいくら叫んだとしても、それは政治的発言自体がその人の人気の根幹にあるので、スジが通っていると皆が認識し、反発を招かない。
しかし例えば今回の例で大炎上したきゃりーぱみゅぱみゅで考えてみよう。
彼女は政治的パフォーマンスで人気を得てきたわけではなく、あくまで歌手・モデルとして人気を獲得してきた。
つまり、なにか彼女が自分の人気を行使しようと思ったときは歌手・モデル案件以外ではスジが通っていないのである。
だから政治的発言をすることは、彼女が持つパワーを不当に行使していると認識される。
しかもその発言内容自体が間違っていたらどうなるだろうか?
人気パワーを不当に行使した挙句、しかも良く調べもせずに間違った内容を拡散するという二重の不正を働いていると認識される。
このような「スジを通さない」行動は日本人にとっては非常に耐えがたいことであり、炎上するのは明らかであったと思う。
これが今回の炎上事件の根幹にある話だ。
だから今回こういうつぶやきを認めた事務所は全くこうした文化要素を把握せず芸能文化業務をやっているわけで、当の本人にとっては非常に不幸な話だなあと感じる。
これは米国や中国では文化が違う。
中国の場合はパワーを持っている人は政治的な阻害にならなければ何を発言しても良い、それがその人の天命だと認識される。
逆に力を持たない人間が発言する内容なんていうのはいくら正しくても無視される傾向にある。
中国は力こそ全てというまさに修羅なのである。
米国ではまた別の文化が存在する。
米国は歴史的に反知性主義的側面が強い。
反知性主義とは、いわゆるエスタブリッシュはエリートに楯突くことが是とされる文化である。
これは元々欧州の貴族文化や腐敗した宗教に嫌気がさした移民がフロンティアを求めて移民したことから反知性主義が根付いているのである。
だから芸能人が政治的発言をすることはいけすかないエスタブリッシュ・エリートに楯突くことであり、むしろ好ましいとさえ思われているのだ。
そう、まるでその芸能人を宣教師のように扱うのだ。
そのことについては森本あんり氏の書籍を参考にしてほしい。
反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)
こういう地域ごとや人種ごとの文化を知ることは投資をする上でも、良き人生を送る上でも重要な生きる知恵だと個人的には思う。
相場が動くまで大きなネタがないということもあり、下記炎上案件について少し文化的側面から論じたいと思う。
きゃりーぱみゅぱみゅ ツイート削除の理由は「ファン同士の激論が悲しくなった」
個人的にはこの話について日本人の「スジを通す」という文化が色濃く出た炎上案件だったなと感じた。
なぜそう思ったのか論じたい。
まず自分は日本人がスジを通す文化が根強いという話は下記書籍を読んでそのことを学んだ。
スッキリ中国論 スジの日本、量の中国
まず芸能人が政治的発言をするということについて考えてみよう。
芸能人というのは何かしらの突出したパフォーマンス能力によって人気を得て、一般大衆から人気を獲得するという職業である。
例えばその芸能人自体が政治パフォーマンスによって人気を得てきた人ならば政治的主張をいくら叫んだとしても、それは政治的発言自体がその人の人気の根幹にあるので、スジが通っていると皆が認識し、反発を招かない。
しかし例えば今回の例で大炎上したきゃりーぱみゅぱみゅで考えてみよう。
彼女は政治的パフォーマンスで人気を得てきたわけではなく、あくまで歌手・モデルとして人気を獲得してきた。
つまり、なにか彼女が自分の人気を行使しようと思ったときは歌手・モデル案件以外ではスジが通っていないのである。
だから政治的発言をすることは、彼女が持つパワーを不当に行使していると認識される。
しかもその発言内容自体が間違っていたらどうなるだろうか?
人気パワーを不当に行使した挙句、しかも良く調べもせずに間違った内容を拡散するという二重の不正を働いていると認識される。
このような「スジを通さない」行動は日本人にとっては非常に耐えがたいことであり、炎上するのは明らかであったと思う。
これが今回の炎上事件の根幹にある話だ。
だから今回こういうつぶやきを認めた事務所は全くこうした文化要素を把握せず芸能文化業務をやっているわけで、当の本人にとっては非常に不幸な話だなあと感じる。
これは米国や中国では文化が違う。
中国の場合はパワーを持っている人は政治的な阻害にならなければ何を発言しても良い、それがその人の天命だと認識される。
逆に力を持たない人間が発言する内容なんていうのはいくら正しくても無視される傾向にある。
中国は力こそ全てというまさに修羅なのである。
米国ではまた別の文化が存在する。
米国は歴史的に反知性主義的側面が強い。
反知性主義とは、いわゆるエスタブリッシュはエリートに楯突くことが是とされる文化である。
これは元々欧州の貴族文化や腐敗した宗教に嫌気がさした移民がフロンティアを求めて移民したことから反知性主義が根付いているのである。
だから芸能人が政治的発言をすることはいけすかないエスタブリッシュ・エリートに楯突くことであり、むしろ好ましいとさえ思われているのだ。
そう、まるでその芸能人を宣教師のように扱うのだ。
そのことについては森本あんり氏の書籍を参考にしてほしい。
反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)
こういう地域ごとや人種ごとの文化を知ることは投資をする上でも、良き人生を送る上でも重要な生きる知恵だと個人的には思う。


